2012年05月11日
復帰40周年
先日、那覇市立歴史博物館の本土復帰40年展の歴史文化講座を聞いてきました。
沖縄大学名誉教授の新垣守暉先生が「復帰運動とは何であったか」と題してお話しくださいました。
25年前に沖縄に来て、沖縄戦について学んだり、基地問題についてもいろいろ考えたりしてきたわけですが、1972年の本土復帰ということについては、今までほとんど考えたことがありませんでした。
当時、私は沖縄にはいないし、沖縄についてほとんど何も知りませんでした。まだ小学生だったのでしかたないと思いますが。
同じ世代に沖縄の友人が、当時、沖縄が日本に返還されるというのは、船で島が九州の近くまで引かれていくイメージをもっていたとか、返還されると沖縄でも雪が降ると思っていたとか笑い話を聞きますが、まあその年齢なら、沖縄にいたとしてもそんなもんでしょう。
通貨が変わったり、交通ルールが変わったりという、生活に直接かかわることは、ああ、そういうことがあったんだなっていうぐらいの認識ですね。
復帰40周年ということで、最近にわかにクローズアップされ、あちこちで様々な記念イベントがあったり、新聞・雑誌・テレビ等で特集が組まれるので、いろいろと目にして、考えはじめていたところでした。
新崎先生の講話は、沖縄戦から復帰まで、また復帰から現在にいたるまでのことをとても分かりやすくまとめられていました。
1972年の本土復帰が、現在の基地問題のもとになっていること、そして元をたどれば沖縄戦での敗北、米軍統治が今もなお大きく影響しているんだということを実感できました。
雑誌「モモト」の復帰特集で、いのうえちずさんが、タイトルを考える時「日本復帰」か「本土復帰」か何がふさわしいか考えた結果、ただ「復帰」にしたとおっしゃっていました。
そう。
考えると、「復帰」とはいったい何だったのか、いったいどこからどこへ帰ったと言うのか、確かに疑問です。
そしてまた、敗戦、占領、返還(解放や独立ではなく)という、世界的にもまことに希有な経験をしているわけですね、沖縄は。
それに、復帰20年や30年の時もすでに沖縄にいたけれど、その時ってなんかイベントとかあったかな?と考えてもまったく思い出せない。40年ってハンパじゃない?とか。
いろいろと、考え、学ぶことが多そうです。(志)
沖縄大学名誉教授の新垣守暉先生が「復帰運動とは何であったか」と題してお話しくださいました。
25年前に沖縄に来て、沖縄戦について学んだり、基地問題についてもいろいろ考えたりしてきたわけですが、1972年の本土復帰ということについては、今までほとんど考えたことがありませんでした。
当時、私は沖縄にはいないし、沖縄についてほとんど何も知りませんでした。まだ小学生だったのでしかたないと思いますが。
同じ世代に沖縄の友人が、当時、沖縄が日本に返還されるというのは、船で島が九州の近くまで引かれていくイメージをもっていたとか、返還されると沖縄でも雪が降ると思っていたとか笑い話を聞きますが、まあその年齢なら、沖縄にいたとしてもそんなもんでしょう。
通貨が変わったり、交通ルールが変わったりという、生活に直接かかわることは、ああ、そういうことがあったんだなっていうぐらいの認識ですね。
復帰40周年ということで、最近にわかにクローズアップされ、あちこちで様々な記念イベントがあったり、新聞・雑誌・テレビ等で特集が組まれるので、いろいろと目にして、考えはじめていたところでした。
新崎先生の講話は、沖縄戦から復帰まで、また復帰から現在にいたるまでのことをとても分かりやすくまとめられていました。
1972年の本土復帰が、現在の基地問題のもとになっていること、そして元をたどれば沖縄戦での敗北、米軍統治が今もなお大きく影響しているんだということを実感できました。
雑誌「モモト」の復帰特集で、いのうえちずさんが、タイトルを考える時「日本復帰」か「本土復帰」か何がふさわしいか考えた結果、ただ「復帰」にしたとおっしゃっていました。
そう。
考えると、「復帰」とはいったい何だったのか、いったいどこからどこへ帰ったと言うのか、確かに疑問です。
そしてまた、敗戦、占領、返還(解放や独立ではなく)という、世界的にもまことに希有な経験をしているわけですね、沖縄は。
それに、復帰20年や30年の時もすでに沖縄にいたけれど、その時ってなんかイベントとかあったかな?と考えてもまったく思い出せない。40年ってハンパじゃない?とか。
いろいろと、考え、学ぶことが多そうです。(志)
